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大阪地方裁判所 平成6年(ヨ)2560号 判決

債権者

美馬昭子

右代理人弁護士

森正博

田村貴哉

債務者

財団法人関西主婦会館

右代表者理事

西山梢

右代理人弁護士

磯川正明

相内真一

主文

一  本件申立てを却下する。

二  申立費用は債権者の負担とする。

事実及び理由

第一本件の概要と争点

本件は、債権者は債務者に雇用されているが債務者から雇用関係を否認され就労を拒否されたと主張し、雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定めることと、就労を拒否した平成五年五月二六日から平成六年八月一二日までの賃金合計金二三二万八四八〇円及び平成六年八月一五日から本案第一審判決言渡しに至るまで毎月二五日限り金一三二、三〇〇円の仮払いを求めている事案であり、債務者は債権者との雇用契約締結を否認し、債権者は申立外関西主婦連合会に雇用されたものであると主張し、かつ同連合会会長の地位を巡る紛争との関連等から、本件申立の意図は別のところにあるとして保全の必要性についても争っているものであるが、主要な争点は債権者と債務者間の雇用関係の有無にある。

第二当裁判所の判断

一  前提たる事実について

疎明資料および争いのない事実を含む審尋の全趣旨によれば、次の事実が一応認められる。

1  債務者は、昭和二〇年に発足した申立外関西主婦連合会(以下単に「関西主婦連」という。)の消費者運動を受けて、専ら関西主婦連の活動拠点として昭和四四年三月に消費生活の合理化、商品知識の普及の目的で設立された法人であり、平成四年一一月までは関西主婦連の会長であった申立外比嘉正子が理事長をしていた。

2  申立外比嘉正子は、別に申立外社会福祉法人都島友の会(以下単に「都島友の会」という。)の理事長であり、同法人が経営する保育所、保育園等の保母や保護者が、関西主婦連の会員となりあるいは債務者の理事や関西主婦連の役員に選任されており、債務者、関西主婦連および都島友の会は、実質上申立外比嘉正子とその関係者によって運営されてきたものである。

3  関西主婦連は、その本部を債務者の主たる事務所の住所と同一の所在地に置いており、総会、役員会やその他の会合、その主催する講演会、会報の発行のための編集作業等中心的な活動は、債務者の主たる事務所であり、債務者が所有する五階建ての、名称を「関西主婦会館」とする建物(以下単に会館という。)を拠点として行われており、この為関西主婦連は債務者から会館の貸室全部を賃借していた。もっとも債務者は会館の貸室を、一般の教室として第三者に一定の曜日、時間を限定して賃貸していたので、関西主婦連はこの第三者の利用時間を除き利用することとされていた。

4  関西主婦連は前記のとおり申立外比嘉正子が会長をしていたが、平成四年一一月に同人が死亡したことに伴い、申立外泉ルイズと申立外東瀬幸枝が、ともに会長に選出されたと主張し、事実上二派に分裂して内部紛争が発生しており、現在も解決に至っていない。

5  債権者は関西主婦連の会員であり、申立外東瀬幸枝を支持し、同人が会長となっている関西主婦連と同名の組織の支部である「ばら」支部の支部長に就任している。

6  会館には、債権者の他に債務者の理事長である西山梢と申立外平喜美子や申立外上野富士子が就労しているが、同人らはいずれも関西主婦連の会長として申立外泉ルイズを支持しており、又申立外平喜美子は従前から債務者の理事に就任している者である。

二  争点に関する判断

1  本件のごとく雇用者と考えうる者が複数あり、雇用関係に関する契約書がなく、他にこれを証するに足る的確な資料がない場合は、その雇用関係の有無については、給与の源泉、その支払者の他、雇用の経緯、債権者の仕事の内容、債権者や債務者その他関係者の認識、債務者の業務、雇用関係あるとされる他の事業者である関西主婦連との関係、勤務場所である会館の利用実態、等を総合して判断されるべきものであるところ、疎明資料および争いのない事実を含む審尋の全趣旨によれば、債権者は、昭和五一年から三年間程度、申立外比嘉正子の個人的な秘書となっており、又その頃都島友の会で園児のための英語教室を個人的に開いていたが、昭和六二年三月に申立外比嘉正子の推薦と関西主婦連の支部長らの支持を得て、会館事務室において当初月給制で就労することとなり、その後債権者の都合で日給制に変更となって、平成五年五月時点で一日金六三〇〇円を支給され、賞与として夏期、冬期に各一ケ月分の金額の支給をうけていたこと、昭和六三年一一月一〇日には債務者を事業主とする健康保険被保険者の資格を取得したこと、債権者は会館一階の事務室において、関西主婦連の資料整理、関西主婦連が発行している主婦新聞の記事作成や校正、関西主婦連の活動であるリサイクル運動の一環であるトイレットペーパーの販売の書類の整理や業者への連絡等の事務、関西主婦連の組織である国際部に関する事務、その他関西主婦連が主催する牛乳販売や教室等や関西主婦連の活動のための部屋等(会館の貸室である。)の清掃や整頓等の他に、会館に架かる電話の応対や来客の受付、郵便物の整理、フロア、トイレ等の清掃、整頓等の庶務事務にも従事していたこと、債権者の給料や賞与の支払い、健康保険料の事業主負担は、債務者でなく関西主婦連の計算で、かつその資金から支払いがされていること(〈証拠略〉添付の口座証明、当座勘定照合表と振込控え、給料台帳と〈証拠略〉)、関西主婦連の内部書類である議事録には、債権者は関西主婦連の事務局に所属する旨の記載がされていること、債権者は申立外泉ルイズのために働きたくないと述べていたこと、その後に債権者に対し「関西主婦連合会会長泉ルイズ」名義で解雇の通知がされていること、申立外弁護士金井塚康弘らが債権者代理人として債務者に対して出した通知書には、債権者は関西主婦連の事務局の専従職員である旨の記載がされていること、債権者が作成した債務者や弁護士相内真一ら宛の書面でも関西主婦連事務局の資格を付しており、関西主婦連の事務局員として関西主婦連に雇用されていることを前提とした記載があること、又同様に債権者が作成した大阪簡易裁判所に債務者を相手方とする調停申立事件の調停申立書で、関西主婦連に雇用されてその事務局の仕事に従事していることやこれを前提とする記載していること等が、一応認められる。

2  前記第一項で認定した前提たる事実および前記1記載の事実によれば、債務者が現実に行っていた事業は、主として貸室業務であって、その主たる事務所である会館の貸室を第三者と関西主婦連に貸している以外は特別人手を要する事業をしていたものでなく、会館は専ら、関西主婦連の活動の場所として利用されていたものであり、債権者を雇用する当時、既に申立外平喜美子ら二名の者が、債務者の業務や関西主婦連の事務処理のために従事しており、特に債務者の業務のために債権者を雇用する必要がなかったものであり、債権者は申立外比嘉正子のはからいで、関西主婦連の活動に従事するために専従職員として雇用されたものであり、この為債権者自身はもとより、債務者、関西主婦連の各関係者は、債権者の雇用者は関西主婦連であると認識していたものであり、債権者の主たる仕事も、専ら関西主婦連の活動のためのものであることからすると、債権者は関西主婦連と雇用関係を有するも、債務者との間に雇用契約が存するとは認められないものである。

3  債権者は、健康保険につき債務者が事業所とされていることや、会館の第三者に貸した貸室の清掃、整理や応対、その他建物の清掃や来客等の応対等に従事したことをもって、債務者との雇用関係の存在を主張するが、健康保険については、その当時の債務者や関西主婦連の関係者が、関西主婦連は健康保険法第一三条一項の事業所に該当しないものと認識していたことから、債権者に健康保険の被保険者たる資格を得させ健康保険を利用させるために、便宜上健康保険の関係でのみ、債務者名義を利用して事業主として届けられ処理されたものであり、債権者もこの便宜的な取扱に同意していたものであると推認されること、又第三者に貸した貸室、トイレ、その他のフロアー等の清掃、整理や利用者の応対は、一応債務者の業務に属するものといえるが、これとて前記のとおり会館の利用は専ら関西主婦連が利用していたことからすると、その清掃、整理や来客の応対等も関西主婦連の業務である側面を有するといえるものであり、又その仕事は債権者の仕事の中心部分でなく、付随的部分であったと認められるものであるから、この事実をもって債務者との雇用関係があった根拠とすることはできない。

又債権者は、関西主婦連はボランティア団体であり、その活動は無償であることを理由に関西主婦連との雇用関係を認めることはできないと主張するが、関西主婦連は会費収入の他に収入を得る事業をし、給与支払いの源泉を有していたことが認められ、又ボランティア団体がその事務処理のために専従の職員を雇用してその者に賃金を支払うことは、何らその団体のボランティア性を侵すものでないことからすると、債権者の主張は法律上の根拠がなく、採用するに足りない。

さらに債権者は、債務者は申立外平喜美子は債務者の専従職員として、同上野富士子は債務者と関西主婦連の兼務職員であるとしながら、その給与等は債権者と同じく関西主婦連の計算でその資金から支出されていることが認められることから、債権者も債務者と雇用関係があると認められると主張する。しかし債務者は関西主婦連とは別組織として決算等をし、その支出経費として人件費も計上しているが、関西主婦連の資金から出た給与全額が債務者の人件費と合致するとする資料がないこと、前記のとおり債務者と関西主婦連の運営の実態は、申立外比嘉正子を中心とする関係者が、ともに役員等を共通にし、会館の利用についても第三者に賃貸している部分を除き専ら関西主婦連が利用したり、関西主婦連の活動を債務者の事業として実施したこととする(〈証拠略〉)等、両者の活動や経理を明確に区別せずに混同して行れてきたことが窺われるものであり、特に経理事務は申立外平喜美子らが両者の経理事務を処理していたことが認められるが、債務者の平成元年から同三年までの退職金給与引当金の額が同額であることや、主張のとおり関西主婦連の資金から三名の給与等の支払いをしていること等からも、その処理が杜撰であることが窺われ、債務者の職員の給与等の支払いと関西主婦連の職員の給与等の支払いについても混同処理がされており、決算時において債務者と関西主婦連の人件費を割り振りして計上していた可能性が極めて高いことからすると、この事実から直ちに債務者との雇用関係を推認することはできないというべきである。

(尚この点について付言するに〈証拠略〉の「給料明細」の右肩上には「(財)」と「関」と推測できる文字が印刷されていることが窺われるが、これを明確にする資料の提出がなく不明確のままであるから直ちにこれをもって債権者の主張を肯定する資料とすることはできず、又その記載を憶測するに〈証拠略〉裏面の記載等も考慮すると、「(財)関西主婦会館」と、「関西主婦連合会」が併記されているものと考えられなくもなく、そうだとすると関西主婦連が給与の支払者として予定されていたことにもなるから、右資料は必ずしも債権者の主張を肯定するためには採用できないものである。)

第三結論

以上の事実を総合すると、債権者はむしろ関西主婦連にその専従職員として雇用されたものであって、債務者に雇用されたものではなく、他に債務者との雇用関係を認めるに足りる疎明資料もないから、その余の点について判断するまでもなく、債権者の本件申立は理由がないから、これを却下することとして、主文のとおり決定する。

(裁判官 松山文彦)

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